原爆も水爆もビクともしない肉体とは?

第十六帖
マコトでもって洗濯すれば霊化される、半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物の肉体とならねばならん、今のやり方ではどうにもならなくなるぞ、今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生れつつあるのぞ。岩戸ひらきとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ、大弥栄の仕組。
今回はひふみ神示より(第七巻五葉之巻より)

今回アクトゥリアン評議会のメッセージより面白い発言を見ることができました。
「皆さんが経験している跳躍を
成し遂げる為には、
皆さんの意識の中でそのような記憶を
目覚めさせる必要があります。

そして、私たちは致命症的な
炭素ベースの肉体から、
不滅のケイ素(クリスタリン/結晶)ベースの
肉体への飛躍について言及しています。」
「目覚めに導くあなたがたの不死/肉体的な不滅性」∞9次元アクトゥリアン評議会より

ひふみ神示には水晶などの話しもあります。
色々なメッセージを組み合わせてみると色々な視点を得ることが出来るかと思います。
今回はとても興味深いメッセージがあったので共有しておきます。

思考と言葉

人民、良いか。言葉は選ばねばならんのじゃぞ。言(こと)の葉は、もの生みますぞ。己作りますぞ。世生み出してまいりますのぞ。言の葉は力ぞ。靈と繋がりますのじゃ。どのような靈と繋がるかは、言葉で決まりますのじゃ。良き言葉は良き者らと繋がるもの、悪しき言葉は悪しき者らと繋がるもの。自ら悪魔呼び寄せ、悪魔の容れ物となって下さるなよ。外国言葉使えば、外国の御魂の容れ物となりますぞ。流れ来るもの違いますのぞ。念、教え、靈力、皆々異なるぞ。

この地はこの地の言葉、教え、昔からあるのじゃぞ。大昔から神の言葉あるのじゃぞ。無きものにされておるが、神、言葉伝えてきた所であるのじゃ。言葉の生まれ育ち、歴史分かれば簡単なことじゃが、人民、真の歴史分らぬようにされておるゆえ無理もないなれど、世の民は悪魔の言葉使いて悪魔褒め称え、呼び寄せる言葉口にいたしておること知らんのであるぞ。言葉は思考選ぶことじゃ。思考は霊と関わる所じゃ。どのような者と関わるか、言葉で決まる。己、選ばねばならん。悪魔の言葉口にいたせば、悪魔悪霊に魅入られ好き勝手にされますぞ。知らず知らずに操られ、望まぬことまで思わされ、可笑しなこと申し可笑しなこといたす者となりますのじゃ。
(大日月地神示後巻十三より抜粋)

簡単にまとめると、
言葉(言の葉)は、
もの生む
己作る
世を生み出してまいる
靈と繋がる

人は容れ物、靈も容れ物、「思考」が出入りするもの
思考は異次元世界の生きもの。

思いの世界、心の世界学びて、己に流れ来る念、思考の出所わかるようになりますぞ。靈意識じゃ。肉体意識から離れ、靈人としての己何者であるか、一つ一つ分かるようになりますのぞ。心とは何か、はっきり分かる世に変わってゆくのじゃ。心の中とは靈意識ぞ。すべては心のまま靈の世界より顕れるから、心の世界、靈の世界分かれば、真(まこと)喜び充ち満つ己となりますのじゃなあ。
(大日月地神示後巻三十七より抜粋)
さらに此方を見てみると理解が深まっていくかもしれません。

魔物の僕とは?

 魔物に取り憑かれると、異常な性欲、食欲、眠気、怒り、喪失感や疎外感がそれぞれ湧き出てきて、己では抑えきれなくなりますぞ。人民、魔物の容れ物と化してしまうと、獣のようになりますのじゃぞ。魔物に身体乗っ取られ、思考感情も己と思い込まされ、可笑しなこと申したりいたしたりするのぞ。みな己の心の弱さからであり、真を知らぬゆえ、魔に魅入られるのぞ。他と不和にさせられ、他を犯すようになるぞ。魔物は人民の苦しみを喰うて喜ぶものぞ。魔は優しき言葉で改心するような御魂ではないゆえ、取り違いいたすでないぞ。異常な性欲顕れたら、食、正しなされよ。獣肉喰らうと獣のような欲出てきて、獣人となりてゆくのぞ。例えで申しておらんぞ。他から奪うこと当たり前の考えとなり、物事を上か下か強い弱いで見るようになりゆくのじゃ。魔物の僕とはそのことぞ。ますます支配欲が高まり、己の思いのままに他を従えさせたくなりますのじゃ。思いのままにならねば、他を悪者に仕立て上げ、皆を取り込み虐めて喜ぶ魔の僕と化すのじゃぞ。嘘偽りいたすが当たり前となりて、善に成りすますことにも長けてゆきますのじゃ。人民、悪魔知らぬから、やりたい放題やられておっても気づかんから、操り人形ぞ。
(大日月地神示後巻五十五より抜粋)

魔物は人民の苦しみを喰うて喜ぶものであります。
魔は「優しき言葉で改心するような”御魂”でもありません。」


「獣肉」を常食しているような現代、
世の中「魔物の僕」だらけというのはご理解できるかと思います。
「僧侶も神父も死肉食ろうて笑うておるであろうに。死肉食うは、古の世において悪魔らの教えであったのじゃぞ。生贄とは悪魔らへの貢ぎ物じゃ。生贄の儀、世にはびこっておった歴史あること知らねばならんぞ。皆々、何さま拝まされておるかな。」
(大日月地神示後巻六十九より抜粋)

そう考えると問題はとてつもなく根深いと言わざるを得ません・・・・。

今後の未来(私見)

神人霊媒日記(2021.7.27)~未来の自分との対話~
此方の方を読ませていただきました。
これも音読の方をさせていただきましたが、
正直な話、後半(終わり辺りで)涙がでてきて音読できなかったです。
大日月地神示でもありましたが、久しぶりにといったところです。

さて未来の自分が話しかけてくるは大日月地神示後巻にも書かれております。

今後ということで、大宇神示10の方を見てみると、
「人々は、意識をすっくりと入れ替えるように真実を受け入れねばならん時でありますぞ。
今までみなみな洗脳されてきたのじゃから、偽り払拭せねば、いつまで経っても真の景色は見えんのでありますぞ。
見慣れた景色は、手放し難いものよのう。
真の景色は見たくないと申して、嘘の景色で良いと申す者も多いが、何もかも手放すはさぞ寂しかろうぞ。
名前と住所も連絡先もすべて違うものに換えねばならんと申せば、みなみな氣が滅入るであろうぞ。
毒じゃ嘘じゃと申されようと、人はみな己の都合で決めるものぞ。
それゆえに救いたくとも救えん道理、お分かり下されよ。
悪魔らは、何百年何千年と人民も靈人もみなみな洗脳し続け、真受け入れられんように仕組みてから、他の銀河へと行かれたのぞ。」
(大宇神示10より抜粋)

今回の神人霊媒日記について理解できるかともいます。
言霊の事も考えると、海外の言葉は「流れ来るもの違いますのぞ。念、教え、靈力、皆々異なるぞ。」
という事もあります。
そもそも洗脳されていると気が付かなければ、
「そなたの心の器の中にある念の出所わからねば、いつまでも流れ来て飲み続けねばならんのぞ。喜怒哀楽すべてが身体に顕れますぞ。そなたが選んだ飲み物でありますから、誰彼悪く申されんのじゃぞ。」
という事になります・・・・。
神示を音読することの必要性が理解できてくるかもしれません。
(真を知らないとそもそも心に神映しできませんので!!)


大きい視点で己の生をみる

今生は点であります。
過去も未来も線であります。
「靈は線の中に存在しております。」

現在地球人として転生してきているのが我々(地球人)であります。
本質は魂と呼ばれる靈体(異次元生命体)であります。
この靈体(異次元生命体)が肉体(生命体)に転生してきた魂であります。
ひふみ神示では「衣」という表現もありましたが、
理解できてくるとなるほどと思ってしまいます。

人民、近目近欲、近目の我良しで見てしまいます。
広き長き目で生を見てみる必要があるかと思います。


「目の前に顕れておる苦は、小難に変わりた神世の始まりぞ。苦にお陰落とさぬようにいたして下されよ。皆々変わる過程にある点の苦の姿でありますぞ。苦しみ悲しみ、感謝感謝に替えて下されよ。」
(大日月地神示後巻二十八より抜粋)


「今」だけを見ていると痛い目を見るのは現在を見ているとよくわかるかと思います。

【神人靈媒日記 2021.7.20】
〜人類の起源について〜
此方に色々と書かれております。
大日月地神示を理解するうえで読んでおくとより多くの視点が与えて頂けるかと思います。

あなた方の本質は、魂と呼ばれる靈体であり、異次元生命体です。
意外と巷であふれている異次元転生系のラノベは実は我々だったというオチに見えてきます。
そういった視点でみると存外に面白いとも感じま・す。

・すべてそなたの魂の中から視ておりますぞ。
・魂は内なる宇宙。大神の雛形
・真の姿、魂が放つエネルギーによって形成される容姿

御魂
井の中の蛙とは、幼き御魂のこと
・御魂は永久に変わり続ける存在
・物質は御霊が繋がりし世界である
・御魂は魂の記憶の世界にしかおらぬもの
・その瞬間瞬間(ときどき)で御魂は動ける
・御魂にすべて刻んである
(靈、人申したこと御魂に刻んである。これまでのそなたの因縁、すべて御魂に刻んである)
・生きても死んでも御魂
・生まれ変わり死に変わり御魂磨きいたす
・そなたらは肉体使わせて頂いておる御魂
(御魂入りて肉体動かすこと「許されておる者」)

靈、人ともにという事も実感として理解できてくるかと思います。

勝つとは

他に勝つこと、真の喜びではないのじゃぞ。他に勝たせてやりなされ。他の喜ぶ顔観るのが真の喜びぞ。己の中に成りすまして出入りする魔に勝つことであるぞ。勝つとは、他を理解して感謝に至ることでありますのじゃぞ。喜び合うことでありますのじゃ。競い合いの世は終わるのぞ。他殺す奪い合いの教えは、終わるのじゃぞ。暫くは過去の残り香ぞ。
(大日月地神示後巻五十二より抜粋)

悪の中に隠しておるとは、悪の心を理解いたし因果悟らねば、神心、摑めぬのじゃ。
(大日月地神示後巻二十七より抜粋)

ひふみ神示には善悪抱き参らせともありましたが、
理解が出来てくるとなるほどと思うことが増えてきます。

やはり神示を音読して掃除洗濯する重要性を実感しております。