思考と言葉

人民、良いか。言葉は選ばねばならんのじゃぞ。言(こと)の葉は、もの生みますぞ。己作りますぞ。世生み出してまいりますのぞ。言の葉は力ぞ。靈と繋がりますのじゃ。どのような靈と繋がるかは、言葉で決まりますのじゃ。良き言葉は良き者らと繋がるもの、悪しき言葉は悪しき者らと繋がるもの。自ら悪魔呼び寄せ、悪魔の容れ物となって下さるなよ。外国言葉使えば、外国の御魂の容れ物となりますぞ。流れ来るもの違いますのぞ。念、教え、靈力、皆々異なるぞ。

この地はこの地の言葉、教え、昔からあるのじゃぞ。大昔から神の言葉あるのじゃぞ。無きものにされておるが、神、言葉伝えてきた所であるのじゃ。言葉の生まれ育ち、歴史分かれば簡単なことじゃが、人民、真の歴史分らぬようにされておるゆえ無理もないなれど、世の民は悪魔の言葉使いて悪魔褒め称え、呼び寄せる言葉口にいたしておること知らんのであるぞ。言葉は思考選ぶことじゃ。思考は霊と関わる所じゃ。どのような者と関わるか、言葉で決まる。己、選ばねばならん。悪魔の言葉口にいたせば、悪魔悪霊に魅入られ好き勝手にされますぞ。知らず知らずに操られ、望まぬことまで思わされ、可笑しなこと申し可笑しなこといたす者となりますのじゃ。
(大日月地神示後巻十三より抜粋)

簡単にまとめると、
言葉(言の葉)は、
もの生む
己作る
世を生み出してまいる
靈と繋がる

人は容れ物、靈も容れ物、「思考」が出入りするもの
思考は異次元世界の生きもの。

思いの世界、心の世界学びて、己に流れ来る念、思考の出所わかるようになりますぞ。靈意識じゃ。肉体意識から離れ、靈人としての己何者であるか、一つ一つ分かるようになりますのぞ。心とは何か、はっきり分かる世に変わってゆくのじゃ。心の中とは靈意識ぞ。すべては心のまま靈の世界より顕れるから、心の世界、靈の世界分かれば、真(まこと)喜び充ち満つ己となりますのじゃなあ。
(大日月地神示後巻三十七より抜粋)
さらに此方を見てみると理解が深まっていくかもしれません。