悪魔の囁き

悪い者たちは、人々の我欲に便乗して、それぞれに成り済まして、世のなかを牛耳ろうとしている。
(神人霊媒日記2021.7.6より抜粋)
読まれたら分かりますが、悪魔の囁きに乗らないということになりますが。

この悪魔の囁きについては神示内でも書かれております。
「色に狂わされ堕ちてゆかれる方、多いぞ。何でもかんでも意のまま欲望の赴くままで良いと申すは、魔の教えぞ。悪魔の甘い囁きじゃぞ。魔の者の声に操られる出ないぞ。己に都合良くこじつけ、好き勝手いたし、不和広げ仲違いさせること喜ぶ者ぞ。誰もが弱きところ突っつかれ続ければ、苦しみますぞ。魔は、苦しみを見つけ出入り口にして、人の心覗き込んではあら探しいたし、面白がってあれやこれやといじりますのじゃ。一を五にも十にも誇張し変えて、人民を苦しませますぞ。負の念送り続け、繰り返し繰り返し、過去の記憶をあぶり出し見聞きさせ、人民苦しませ喜ぶのじゃ。魔は、嫌らしくも腹立たしくも恥ずかしくも顕れ、人を弄ぶものぞ。ゆえに魅入られるでないぞ。魔の甘い囁きに惚れるでないぞ。善の仮面被りた悪となりて、己に都合良きこと申しては、他を苦しませる自己中心的な人となりますぞ。魔の僕と化すのでありますのぞ。」
(大日月地神示後巻六十七より抜粋)

「一時(いっとき)の怒りに操られるでないぞ。囚われ続けるでないぞ。魔の誘いじゃ。怒りに慣れると他を悪者にいたし、不和広げること、己を正当化する癖、ますます大きくするのじゃぞ。言葉、気つけよ。もの生むぞ。もの壊すぞ。もの失うぞ。言葉となる前に思考あるぞ。感情あるのじゃ。己が選ばねばならんのじゃぞ。選ばねば、いいように操られるぞ。しっちゃかめっちゃかにされるのであるから、魔の囁きに心許すでないぞ。言葉、くれぐれも気つけなされよ。言葉、選びなされよ。己を高めるとは、念(ねん)言(げん)行(ぎょう)、選ぶことでもあるのじゃ。」
(大日月地神示後巻七十二より抜粋)

言葉(念)はいかようにでも受け取れます。
念、言、行を選ぶことがとても大切であることが分かります。