分かろうとせぬ癖

分からぬ(分からぬ者)という言葉は大日月地神示後巻に書かれております。
「人でもおるな。分からぬ者は分からぬ理由がある。己の考え方が間違っておらぬと思い込んでおるか、己が変わることに魅力を感じられないか、相手に合わせたくないかじゃ。いずれも変わらぬ者は変わらぬ。いや、生きておるうちは変わるのに時間が掛かるということ。ゆえに変わりたいと思う者から順に変わってゆくものじゃ。」
(大日月地神示後巻二十より抜粋)

分かろうとせぬ「癖」を外さねば始まらんから難儀いたしておるぞ。
分かろうとせぬから分からん
(新、大宇神示より)

執着は毒ぞともあります。
大日月地神示も良いですが、
その先を久しぶりに読み返してみました。
色々と発見が多くありました。

世界中、分かろうとせぬというのは多くあるかと思います。
実際のデータなどなど見ても信じないという状態です・・・。
洗脳の凄さを思い知ることも多くあります。

これからさらに色々な者が顕れるようです。
さて個人的に言えば「笑う者(喜ぶ者)」でしょうか。
お役は皆々違いますのでどういった者になるかは個人個人違うかと思います。

分かっている、分かろうとせぬ。
もまた裏表があるかと思います。
分かった振りをするなどですね。分かったつもりでいるなど。
とても深い世界(多重次元世界)であります。