意識について簡単なまとめ

・未来とは意識の顕れ
・意識とは、「異次元の者ら関わりて人民に伝え、動かして来たものでもある。」
・意識の世界は瞬間の世界
(物質の世界は変化が遅い世界であり、時間がある世界。
 瞬間で変わる世界は時間が無い世界であり意識の世界)
物質の世界=時間がある
意識の世界=時間が無い
・意識の世界の科学が真の科学!(当然人民にはまだ理解出来ない。そもそも靈というものを信じてない人が多い・・・)
・自由自在の意識の中にも「霊性相応の世界の広さがある」
・人の世は意識の「顕れ」の世である
・「物質意識」に囚われていては真の喜びは摑めない、真の科学にもならない
・生きとし生けるもの全てが、靈体であり意識体である
(すべてはそれぞれの氣で繋がっている。
 靈と靈、意識と意識で〇となり、◎となり、・となる、またさらに「マコト」となり、神となり、人となる)


・洗脳されていると、不安や恐れ、苛立ちが多い、人民の意識を落とさせている。
・電気から魔力入り込む(人の意識操りくる)
・悪魔の種(わくわく)=小さな目に見えぬ機械。
(体に入れて、人民操る目論見。意識も体も意のままに操られる)

意識について簡単にまとめてみました。
当然時間がある世界は「顕れ」でありますから、真の科学にならない道理です。
「思い込み」の中にいれば死んでもその「思い込み」に囚われる訳であります。
真実神示を読む必要性があると実感できるかと思います。
「周りの靈人らにも」というのが心にくる言葉であります。

心と思考、簡単なまとめ

思考とは
・靈界とは「思考の世界」
・思考(靈界)は元より在るもおがそなたに流れて来ておる仕組み
・無限にある思考(靈界)を選んでおるのみ
・脳は思考(靈界)を司る機能を持っている

寄り道
・未来とは意識の顕れ
・意識とは脳が作り出す世界ではない
・脳が意識の世界を「見せて」いる
・肉体なくとも靈体となれば意識の世界が見える
・脳はDNAの情報や過去の記憶だけでなく色々な所から情報を送受信している)


・心の中とは靈意識(心の中に「多重次元の世界が在る」)
・心の中に顕れるものにはすべて意味がある
(直感、閃き、喜怒哀楽、すべての思考や感情にも必ず出所がある)
(靈感(靈意識)には、直感、閃き、思い付きが含まれる)
・心とは思考、感情であり、靈体エネルギー
・心とは己が頂く念の容れ物

「地の人民、霊人殿、皆々は他の銀河、星々から来た人々、霊団の子孫であるのぞ。」
恐らくこれが「理解」できてくるととても面白いかと思います。

御魂の道

道は広くなったり、細くなったり、明るくなったり暗くなったり、荒れてみたり綺麗になったり、上にも下にも右にも左にも、どうにでもなるのが御魂の道ぞ。心一つでいかようにも変わるのでありますぞ。ゆえに心の景色は日々変わりますのじゃ。道に迷ったら、立ち止まって考えてみれば良いのぞ。他にも道があるゆえ、己にとって真喜びとなる道見極め、途中変えて良いのであるから、焦らんで良いのぞ。慌てると転んで怪我もするぞ。病も教えであるのぞ。ひとりぼっちになって淋しくもなるのであるから、二人で歩く道、三人で歩く道、皆と共にゆっくり歩く時も必要であること知るのであるぞ。
(大日月地神示後巻四十二より抜粋)

心一つでいかようにでも変わるのが御魂の道であるようです。

神、そなたの心ぞ。顕れぞ。己、神の中ぞ。神にも、悪神と善神ありますぞ。悪の悪神、悪の善神、善の悪神、善の善神、ありますぞ。善悪の悪善神、悪善の善悪神、ありますぞ。顕れますぞ。仕組みでありますぞ。意思想念でありますぞ。力ぞ。働きぞ。おのおのの次元世界(せかい)でありますぞ。無有(むう)ぞ。表裏ぞ。一つぞ。無限ぞ。永遠でありますのじゃ。
(大日月地神示後巻三十五より抜粋)

日々、念言行を選択する必要があるかともいます。

あの世、この世、そして次の次元界(私見

神人霊媒日記2021.7.7〜YUTA -未来は叶える世界-対話シリーズ/進化〜
此方の方を読ませて頂き色々と新しい視点というのが得られたのは間違いありません。
12の次元があるのは大日月地神示にも書かれております。
1の次元も隠れておりますが(ム)・・・。

人も靈も容れ物であります。
そう考えると当然さらに上があるというのが理解できるかと思います。
ひふみ神示で言えば、真の自由は大神しかないとも書かれております(白銀の巻の第五帖)。
この辺は星の大神は八百万の神々を生み出したという言葉もあります。(大日月地神示後巻六十一)

先ず、現状直ぐに分かる異次元は、人(現次元)(この世)と靈(あの世)ではないでしょうか。
さて今回この日記では、あの世での話が書かれておりとても興味深い内容となっています。
あの世の靈が夢のようなという発言をされております。
そして神人さんと話すときに現実の世界に戻っていくようなという言葉があります。

さて、この現次元の人も夢を見ているときは「霊人」としての自分であるとも考えられるのではないかなと思います。
まさしく瞬間の世界であります。
シーンの切り替わりは激しいですし、いきなり飛ぶこともあります。
例え何かが合ってもそれの表現は〇〇であると分かるわけです。
姿形は違っても○○であると分かるんですよね・・・・。

靈人もそのような状態になるということかもしれません。

この日記を見ても思いますが、不思議ワールドがあるようです。
そして今も増え続けているこの銀河、神示で書かれているその当時でも1000億銀河です。
この探求を始めたらまさしく「無限」。
今回靈からみた別の次元が少し語られたので私見を書いてみました。

悪魔の囁き

悪い者たちは、人々の我欲に便乗して、それぞれに成り済まして、世のなかを牛耳ろうとしている。
(神人霊媒日記2021.7.6より抜粋)
読まれたら分かりますが、悪魔の囁きに乗らないということになりますが。

この悪魔の囁きについては神示内でも書かれております。
「色に狂わされ堕ちてゆかれる方、多いぞ。何でもかんでも意のまま欲望の赴くままで良いと申すは、魔の教えぞ。悪魔の甘い囁きじゃぞ。魔の者の声に操られる出ないぞ。己に都合良くこじつけ、好き勝手いたし、不和広げ仲違いさせること喜ぶ者ぞ。誰もが弱きところ突っつかれ続ければ、苦しみますぞ。魔は、苦しみを見つけ出入り口にして、人の心覗き込んではあら探しいたし、面白がってあれやこれやといじりますのじゃ。一を五にも十にも誇張し変えて、人民を苦しませますぞ。負の念送り続け、繰り返し繰り返し、過去の記憶をあぶり出し見聞きさせ、人民苦しませ喜ぶのじゃ。魔は、嫌らしくも腹立たしくも恥ずかしくも顕れ、人を弄ぶものぞ。ゆえに魅入られるでないぞ。魔の甘い囁きに惚れるでないぞ。善の仮面被りた悪となりて、己に都合良きこと申しては、他を苦しませる自己中心的な人となりますぞ。魔の僕と化すのでありますのぞ。」
(大日月地神示後巻六十七より抜粋)

「一時(いっとき)の怒りに操られるでないぞ。囚われ続けるでないぞ。魔の誘いじゃ。怒りに慣れると他を悪者にいたし、不和広げること、己を正当化する癖、ますます大きくするのじゃぞ。言葉、気つけよ。もの生むぞ。もの壊すぞ。もの失うぞ。言葉となる前に思考あるぞ。感情あるのじゃ。己が選ばねばならんのじゃぞ。選ばねば、いいように操られるぞ。しっちゃかめっちゃかにされるのであるから、魔の囁きに心許すでないぞ。言葉、くれぐれも気つけなされよ。言葉、選びなされよ。己を高めるとは、念(ねん)言(げん)行(ぎょう)、選ぶことでもあるのじゃ。」
(大日月地神示後巻七十二より抜粋)

言葉(念)はいかようにでも受け取れます。
念、言、行を選ぶことがとても大切であることが分かります。

人民が学ぶこと

人民が学ばねばならんことは、真と嘘の区別じゃ。
真、喜びとなるか否かで考えなされよ。
大きい目、長い目で見ねば分からんこと多いぞ。
小さい短いでは、見当は出来んぞ。
ゆえに生まれ変わりて経験さして、善悪、苦楽、色々学ばせ、
真の喜びを掴める者に導いてきておるのじゃ。

今まさにこの真と嘘の区別ができないと自ら因果を背負うことになります。


腹立ったら、魔顕れて己操りてもおると思いなされ。人は魔に操られ放題であるのぞ。真のお役目いたすには、魔祓わねば出来ぬぞ。魔は己善と思い込み、真善を悪と見るぞ。考え方異なれば受け取り方も逆になるのぞ。数に騙されるでないぞ。類は類ぞ。魔に操られた者集まれば己らを善とし、真善を悪じゃと申してつぶしに掛かるのぞ。魔のやり方、すり替えと宣伝が巧いのじゃぞ。己らが取り違いいたしておることみとめられんゆえ、真善を悪じゃと仕立て上げ、皆を思考操作いたすのじゃ。粗探しいたして、小さな話を大きく変えて、話を誇張してみせてから人民に擦り込むやり方、長けておりますぞ。恥ずかしい陰湿な詐欺師のやり方好むのじゃ。霊の世界も人の世界も同じぞ。
(大日月地神示後巻二十二より抜粋)


上記の神示の状態も見受けられるのではないかと思われます。

我良し、喜び小さいなぁ。我喜びても、周り苦しんでおりたら、真喜びならんなぁ。皆々腹空かしておるのに、一人だけ腹満たして、真の喜びにはならんのでありますのじゃ。皆で分け合うから、皆々笑顔となりますぞ。
(大日月地神示後巻四十八より抜粋)
「我良し」は真の喜びにならないと書かれております。

分かろうとせぬ癖

分からぬ(分からぬ者)という言葉は大日月地神示後巻に書かれております。
「人でもおるな。分からぬ者は分からぬ理由がある。己の考え方が間違っておらぬと思い込んでおるか、己が変わることに魅力を感じられないか、相手に合わせたくないかじゃ。いずれも変わらぬ者は変わらぬ。いや、生きておるうちは変わるのに時間が掛かるということ。ゆえに変わりたいと思う者から順に変わってゆくものじゃ。」
(大日月地神示後巻二十より抜粋)

分かろうとせぬ「癖」を外さねば始まらんから難儀いたしておるぞ。
分かろうとせぬから分からん
(新、大宇神示より)

執着は毒ぞともあります。
大日月地神示も良いですが、
その先を久しぶりに読み返してみました。
色々と発見が多くありました。

世界中、分かろうとせぬというのは多くあるかと思います。
実際のデータなどなど見ても信じないという状態です・・・。
洗脳の凄さを思い知ることも多くあります。

これからさらに色々な者が顕れるようです。
さて個人的に言えば「笑う者(喜ぶ者)」でしょうか。
お役は皆々違いますのでどういった者になるかは個人個人違うかと思います。

分かっている、分かろうとせぬ。
もまた裏表があるかと思います。
分かった振りをするなどですね。分かったつもりでいるなど。
とても深い世界(多重次元世界)であります。